都立北園高校のドイツ語教育 (Y. Noto)[J]   作成日:2019/01/24
昨秋に掲載された伊藤直子氏(早稲田大学高等学院)のコラムに引き続き、高等学校のドイツ語教育について触れることとなった。伊藤氏がその冒頭で述べている通り、これは高等学校のドイツ語教育について少しでも知っていただくよい機会である。私が非常勤講師として11年前に初めて教壇に立った都立北園高校では、本務として獨協医科大学へ務めることとなった現在でも、週に1度授業を担当している。同校は今年度で創立90周年を迎えたが、私が同校のドイツ語教育に関わってきたおよそ10年で多くの発展が見られた。
この発展に触れる前に、北園高校の第二外国語ドイツ語教育について概観しておこう。1928年に設立された東京府立第九中學校を前身とする北園高校の第二外国語教育には長い歴史がある。まずは戦後間もない1947年にドイツ語とフランス語が開設され、翌1948年に中国語が、そして1964年にはロシア語が開設された。これらの第二外国語は「自由選択科目」として3年間、計6単位(1年間2単位)履修可能である(もっとも、3年目は履修者がほとんどいないため開講されないことも多く、基本的には1・2年の2年間がメインである)。希望者は週に1回2時間(50分×2)の授業を、放課後の7~8時間目に受けることになる。そして北園高校のドイツ語には通称「独専」というドイツ語専修クラスが存在する。これは3年次に英語に代わってドイツ語を選択必修とし、週に6時間=6単位(以前は5時間5単位だった)、受験に備えてドイツ語を徹底的に学習するクラスである。参考までに、今年度のクラス編成は、1学年5クラス、2学年4クラス、3学年2クラス(独専+自由選択)となっている。

ではここで北園高校での10年余りのドイツ語の発展を振り返ってみよう。私が赴任した2007年当時、自由選択ドイツ語履修者の総数は80名にも満たなかった。それが近年では200名前後を推移している。全校生徒が約960名ということを考えると、公立の高校で自由選択科目としてこれだけの生徒がドイツ語を学んでいるケースは稀かもしれない。その背景には、2008年に発足したドイツ外務省によるドイツ語推進プロジェクト「PASCH」への参画が大きく関係している。北園高校は、木更津高専、獨協高校、早稲田大学高等学院に続き、2010年に正式にPASCHのパートナー校となった。当時先陣を切ってこのプロジェクトを推し進めてくれたのが前出の伊藤直子氏と、目下ドイツに在住の前田直子氏だった。伊藤氏は私よりはるか以前に同校のドイツ語教育に携わってきた一人であるが、その後講師陣も変遷し、現在はALT (Assistant Language Teacher:外国語助手)1名を含む8名でやりくりをしている。

ドイツ語履修者の数に話を戻すと、なぜPASCH参画後にこれほどまでに学習者が増えてきたのか。PASCHのプロジェクトには様々なものがあるが、そのメインは夏期にドイツで行われる短期語学研修であろう。この研修では、日本のPASCH校から計8名(当初は12名)の生徒が奨学金を得て、現地で3週間にわたって様々な国の若者たちとドイツ語を通じて交流を深めている。PASCHの理念は、ゲーテ・インスティトゥートの支援のもと、まさしく世界でドイツ語を学ぶ若者のネットワークを構築し、ドイツ語およびドイツに対する持続的な興味・関心を呼び起こすことにある。PASCHの活動はこのほかにも、アジア圏における国際ドイツ語キャンプ、生徒新聞の作成、首都圏のドイツ企業およびドイツ大使館の訪問、ヨーロッパ参照枠に基づくドイツ語検定試験など多岐にわたる。また、北園高校はPASCHのネットワークを通じて実際にドイツのギムナジウム2校、Freihof-Gymnasium(Göppingen)、Teletta-Groß-Gymnasium(Leer、以下TGG)と協定を結んでいる。特にTGGとの交流では隔年ごとに日本とドイツを行き来し、自費での渡独や日本での受け入れを実践している。さらには、ドイツ外務省による「高校生等招聘事業(PAD)」への参加なども含めると、現在の北園高校ではドイツへの留学や、ドイツあるいはドイツ語圏以外の若者と交流するチャンスが数多く存在している(現にこの10年間でドイツに留学した生徒は総勢57名に及ぶ)。生徒達はこうした機会を通じて教室外の様々な人あるいは物との繋がりを見いだし、そこでの出会いや学びについてあらゆる場で学校内外へとフィードバックしているのだ。その成果が自然とドイツ語の学習者を増やしていったと言えるだろう。また、このことは北園高校の伝統である3年生の「独専」にも良い影響をもたらしている。戦後間もないドイツ語開講当初は、毎年数十名もの履修者がいて、名だたる大学へと卒業生を輩出していたという。時は経ち、一時は開講されない時期が続いたようだが、やはりPASCH参画後の学習者の増加に伴い、今やコンスタントに履修者が集まっている。

このような変化を受け、教える側も徐々にそのやり方を見直していかなければならなかった。その過程で、北園高校ではよりオーセンティックなコミュニケーション能力を身に付けるべく、CEFRのA1レヴェルに基づく教材を使用し、実際に何ができるかを意識したアウトカム中心の教育を実践してきた。2012年以降は、いわゆるPASCHの実働部隊となる特別クラスを設置し、ゲーテ・インスティトゥート東京と連携しながら、一部ではA2の試験合格も見据えて短期留学等に対応するための力を養っている。そのような中、前述したALT講師の存在も大きい。北園高校は2018年に東京都教育委員会より「海外学校間交流指定校」に指定され、ドイツ語で初めてALT講師を迎えた。今年度は週に3日来校してもらい、それぞれの授業でサポートをお願いしている。生徒達にとっては、やはり生のドイツ語を習慣的に耳にし、ドイツ語でやり取りをすることは刺激的に違いない。また、最近ではタブレットやスマートフォンなどICT機器を利用した授業も展開し、ドイツ語だけでなく情報など他の科目との連携も強化している。

最後に高大接続の一例にも触れておこう。例えば、今年で20回目を迎えた獨協大学主催の「全国高校生ドイツ語スピーチコンテスト」において、北園高校の生徒は第1回から毎年応募し、本選でも輝かしい成果を収めてきた。また、同大学主催の「高校生のためのドイツ語入門講座」にも例年数名の生徒が参加し、大学の雰囲気を味わうとともに、ドイツ語を学ぶ他校の生徒との交流も図っている。その他にも、大学の先生を招いて出張授業を行っていただいたり、進路・進学相談の場を設けたりすることで、学外との繋がりを積極的に構築し、直近ではSiegen大学からも国内の枠を超えた高大連携の提案をいただき、今後の進展を模索しているところである。国際化や情報化が進む昨今、文部科学省も改革に力を入れる「高大接続改革」は、来年に迫ったオリンピックイヤーとなる2020年に大きな転換期を迎える。文部科学省の調べ(平成28年5月1日現在)では、ドイツ語を開設している高等学校等は計102校、その履修者数は3,542名となっている。各学校等におけるドイツ語の実情は様々であろうが、これを機に多くの高校と大学双方が更に多様な連携を図り、ドイツ語教育、ひいては外国語教育全般により良い風が吹くことを願ってやまない。

〈参考〉
東京都立北園高等学校:http://www.kitazono-h.metro.tokyo.jp/
イニシアチブ「学校:未来を拓くパートナー」:https://www.goethe.de/ins/jp/ja/spr/eng/pas.html

能登 慶和(獨協医科大学/東京都立北園高等学校)