ソウルAGT(2016)に参加して (K. Hamazaki) [J]   作成日:2016/11/13
 東京と変わらぬ猛暑の中、2016年8月23日~26日、ソウル、中央大学校(Chung-Ang University) において、アジア・ゲルマニスト会議が開催された。韓国、中国、日本、台湾を始めとするアジア諸国、ドイツ語圏諸国を始め20か国から約200名の参加者が会した。総合テーマは、「大いなる転換期におけるゲルマニスティク――伝統、アイデンティティ、方向性(Germanistik in Zeiten des großen Wandels – Tradition, Identität, Orientierung)」。グローバル化の負の側面が世界で散見され、地平の転換が必要とされる時代、精神科学としてのゲルマニスティクがどのような視点を提示しうるか、という意欲的なものであった。「デジタル化時代の時間の転換」、「空間の転換」、「人間観の転換」など9つのセクションにわかれて発表、議論が行われた。今回は、若手研究者のための特別セクションが設けられていたことも特筆に値するだろう。
 個人的な話になるが、私がいわゆる国際学会で初めて発表したのは、1999年福岡でのアジア・ゲルマニスト会議であった。その経験からいっても、アジゲルは若手研究者の国際会議デビューの場所としてまたとない機会であると思う。ドイツ語を共通語として東アジアの研究者と議論をし、ドイツやヨーロッパの外側から研究することの意味や可能性を考えることで複眼的に自分の研究を見つめなおすことができる。また、(アジアの文化を本質化して語りたくはないが)互いに敬意を示しつつ真摯に議論する雰囲気はアジゲルならではのものだろう。当時、まだ研究者として駆け出しだった私に、韓国や台湾、中国の先輩女性研究者たちが、研究についてはもちろん、男性社会で仕事をする苦労やその乗り越え方について実にオープンに話をしてくれ、ロールモデルを示してくれたことも大きな刺激となった。今では、そのような研究者仲間たちとの再会も楽しみのひとつとなっている。

 2008年金沢大会の実行委員長をつとめられた前田良三氏は、かつて本欄でこのアジゲルを、「美しい贈り物」と表現され、ゲルマニスティクをめぐる状況や世界の情勢が変動する中、「この学会がただの一度も中断することなく現在まで続けられてきたことは,奇蹟に近い。」と述べられているが、今回あらためて、自分もその「美しい贈り物」の恩恵を受けていることを痛感した。
(http://www.jgg.jp/modules/kolumne/details.php?bid=45&cid=10)

 アジア・ゲルマニスト会議は、(当初はまだその名を持たなかったが)1991年ベルリンで行われた会議以来、原則3年に一度、韓国、中国、日本が順に運営しながら今日に至っている。25周年を迎え、また、3か国による運営が三周した記念の年の開会にあたって、中国のZhang Yushu教授、韓国のKim Byongock教授とともにアジゲル創立に尽力された木村直司上智大学名誉教授に、感謝の銘板が贈られた。

 つづいて、開会講演として、ソウル国立大学Ahn Sam-Huan 教授が、アジゲルの歴史、創始者たちの世代の尽力について、また東アジアのゲルマニスティク研究者たちが交流することの意義について熱く語られた。開始当初、まだ韓国と中国の間に国交がなく直接の訪問は不可能だったこと、東アジアの「負の歴史」が少なからず意識された中での交流であったこと、にもかかわらず、ドイツ語とその文化への関心を共有し、アジアの文化や歴史を見つめる議論が可能となったことの尊さを強調されていた。現在の東アジアの政治的状況、ことに日本を筆頭に各国で見られる歴史認識をめぐる攻撃的な言説がもたらす影響は、むしろ1990年代よりも悪化しているといわざるを得ない。そのような中、「奇跡」のようなこの交流が、良い意味でルーティーンとして継続していることの意義は大きい。

 最終日の総合討論では、転換の時代における精神科学の役割についての意見交換が行われたが、特に、東アジアにおけるゲルマニスティクの意義についての議論は興味深いものであった。大学の「グローバル化」が、英語の覇権拡大および国際競争力向上という名の学問の道具化と同義に解釈され、人文科学、英語以外の外国語の教育が低迷している点で、韓国と日本のゲルマニスティクが直面している苦境は似た状況にある。一方、中国では、英語以外の外国語の教育にも重点が置かれ、ゲルマニスティク関連の学科が増設されているほか、高校での第二外国語教育も拡大しており、ドイツ語教員は売り手市場とのことである。中国、清華大学(Tsinghua Univ)のWang Liping氏は参加者に「どうぞ中国へ!」と呼びかけていた。また、韓国、漢陽大学(Hangyang Univ) のTak Sun Mi氏が、人文学の意義は批判的な思考にこそあり、転換の時期にこそ、ドイツ語で蓄積されたその批判的な思考を学生に伝える意味があると、力強く述べられていたのが印象的であった。

 次回のアジゲルは、2019年、日本で開催される。四半世紀を越えて続いてきたアジゲルの「美しい贈り物」を継承しつつ、学術的にも、また人的な交流という意味でも、新しい発見や出会いの場となることだろう。ソウルをあとにするとき、友人たちともこう約束してきた。「遅くとも、3年後に日本で!」。

浜崎桂子(立教大学)

(写真は、感謝の銘板が贈られた木村直司上智大学名誉教授)
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