オペラのなかの女性たち――モーツァルトとワーグナーを中心に――(S. Miyake)[J]   作成日:2012/04/13
今から20年以上も前の話で恐縮だが、「5大オペラ作曲家の世界」というCD5枚からなるシリーズが日本コロンビアから発売された。ドイツ語圏を中心とした歌手たちによるオペラのアリア集だが、そのなかには名メゾソプラノだったクリスタ・ルートヴィヒが「ブリュンヒルデの自己犠牲」を歌った珍しい録音もある。ところでこのシリーズで言われる「5大オペラ作曲家」とは、モーツァルト、ワーグナー(ここではヴァーグナーではなくワーグナーと表記する)、ヴェルディ、プッチーニ、リヒャルト・シュトラウスの5人をさす。この選択は、世界の主要なオペラハウスで今日上演されているそれぞれの作品数を考えれば妥当なものだが、仮にこれらの作曲家たちのオペラを、「男のオペラ」か「女のオペラ」かに分類した場合、ヴェルディ以外はすべて「女のオペラ」を創作したと言えるのではなかろうか。ヴェルディのオペラの魅力はやはり男性像にある。もちろんヴェルディのオペラにも、『ラ・トラヴィアータ』のヴィオレッタ、『オテロ』のデズデモナなど有名なヒロインは数多く登場するが、彼女たちに共感するのは少なくとも私には難しい。なぜならばヴェルディが描く女性像には強さが欠如していると思われるからだ。その点でモーツァルトやワーグナーのオペラの女性主人公たちは異なる。彼女たちの魅力は何と言ってもその誇り高いたくましさにある。私が『モーツァルトとオペラの政治学』(青弓社)や『ヴァーグナーのオペラの女性像』(鳥影社)で一番書きたかったのは、モーツァルトやワーグナーのオペラに登場する女性主人公たちが持つそのような強さである。
モーツァルトとワーグナー、このふたりの偉大なオペラ作曲家は、しばしば対極的に語られる。幸福感に満ちあふれた、優美で晴朗な音楽と、濃厚な情念と底知れぬ深淵をはらんだ重厚な音楽。18世紀のロココと19世紀のロマン主義。ふたりの音楽ほど対照的なものは他にないかもしれず、それを支持する人々もはっきりふたつに分かれるようだ。熱烈なモーツァルティアンと熱狂的なワグネリアン。両派のあいだに対話の可能性はほとんどないようにもみえる。ちなみに現在の私はどちらの音楽も好む不純な(?)愛好家だが、それでも病気で熱でもないかぎり、朝からワーグナーを聴く気にはなれない。午前中に本を読みながら聴くのにふさわしいのは、やはりモーツァルトの交響曲や協奏曲だろう。また若い頃はもっぱらワーグナーやロマン派の音楽を中心に聴いていたものの、年齢を重ねるにつれてモーツァルトの良さがわかってきたという自分の好みの変化もある。それはともかく今言いたいのは、モーツァルトかワーグナーかと二者択一的にとらえるとき、それはあくまで音楽だけを念頭に置いて考えているということだ。少し視点を変えて、彼らが作り出したオペラの女性主人公たちの特性に注目すると両者には大いなる共通性が見い出せる。そしてそれはふたりの芸術家の生き方にもかかわる重要な問題だと思われる。

拙著『モーツァルトとオペラの政治学』は、貴族社会から市民社会への転換期に生きた芸術家モーツァルトという視点から、彼の7大オペラ、すなわち、『イドメネオ』、『後宮からの逃走』、『フィガロの結婚』、『ドン・ジョヴァンニ』、『コシ・ファン・トゥッテ』、『皇帝ティートの慈悲』、『魔笛』を読み解く試みである。「読み解く」とは、それぞれの作品が何を言いたいのかを解明することにある。これまで余り論じられることのなかったふたつのオペラ・セリア、『イドメネオ』と『皇帝ティートの慈悲』を取り上げているのもこの本の大きな特色である。フランスの演出家ジャン=ピエール・ポネルは、モーツァルトを時代や社会の変化に敏感な「政治的な人間」ととらえているが、私が何よりも意図したのは、そのようなモーツァルトがオペラ作品に込めた政治的社会的意味、つまり「モーツァルトのオペラの政治学」とも言うべきものを明らかにすることにあった。

『イドメネオ』から『魔笛』にいたる7つの作品を考察してあらためて気付かされたのは、モーツァルトのオペラの根底には、つねにエロスの問題が存在しているということである。このエロスのテーマはとりわけ、愛と結婚をめぐる貴族社会と市民社会の規範の対立や葛藤という形で作品のなかで繰り返し提示されている。一般的に貴族社会における結婚は家の継承と繁栄を目的としてなされるものであり、そこでは愛と結婚の義務の分離という伝統的な規範が支配的であったが、モーツァルトが宮廷社会の中で生きながらも、愛と結婚の義務の一致を求める市民社会的規範をすでに信奉していたことは、父レオポルトにあてた手紙などから明らかである。社会学者ノルベルト・エリアスはこのようなモーツァルトの生涯を、「宮廷に仕えていた市民的人間の運命」と規定し、「偉大な宮廷市民的芸術家に特徴的なのは、彼がいわばふたつの社会に生きていたことである。モーツァルトの生活と創作は、この分裂によって刻印されている」と述べている。そして注目すべきは、モーツァルトが己の抱くそのような新しいブルジョワ的価値観を、彼のオペラのなかでは主に女性主人公たちに体現させていることである。『イドメネオ』のイリア、『後宮からの逃走』のコンスタンツェ、『フィガロの結婚』の伯爵夫人やスザンナ、『皇帝ティートの慈悲』のセルヴィリア、『魔笛』のパミーナなどはいずれも、己が愛する男性への愛を貫き、愛のユートピアを実現しようとする点で共通している。私の本はいわば、そのような強くたくましい彼女たちへのオマージュである。

ワーグナーのオペラの中心にエロスの問題があることはあらためて言うまでもない(舞台神聖祝典劇と呼ばれる『パルジファル』においてもやはりそうである)。そのタイトルのとおり、拙著『ヴァーグナーの女性像』の意図は、『さまよえるオランダ人』から『パルジファル』にいたるワーグナーのオペラの女性主人公たちの特性を体系的に考察することにある。 愛と権力の対立はワーグナーのオペラの最大のテーマだが、たとえば『ニーベルングの指環』4部作では、ほとんどの男性登場人物たちは愛よりも権力に価値を置く(唯一の例外はジークムントである)。アルベリヒは愛を断念することによって、ラインの黄金から世界を支配できる指環を作り出し、巨人ファゾルトはヴァルハラ城建設の代償として、愛と青春の女神フライアへの愛よりも黄金と指環の方を選ぶ。また神々の長であり、契約の神でもあるヴォータンも、己が支配する世界秩序を維持するために、結婚の守護神である妻フリッカの抗議を受け入れて、姦通と近親相姦の罪を犯したジークムントとジークリンデの自由で対等な愛よりも、フンディングと彼の所有物であるジークリンデの愛のない結婚制度の存続を優先する。さらに生来の自然児、アウトサイダーとして生まれた英雄ジークフリートさえも、忘れ薬を飲んでブリュンヒルデとの愛の記憶を忘れ去った後は、ギービヒ家の男性社会の中で専ら支配と所有の欲望に従って行動する。

それに対してワーグナーの最高傑作とも言える『トリスタンとイゾルデ』では、イゾルデはトリスタンとの不貞の愛を成就することによって、愛を抑圧するブルジョワ的結婚制度を徹底的に破壊する。また『さまよえるオランダ人』のゼンタは海に身を投じてオランダ人の魂を救済し、『タンホイザー』のエリーザベトは愛するタンホイザーの贖罪を求めて自死する道を選び、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』のエーファでさえもヴァルターとの愛のためならば、父も家も捨てて駆け落ちする決心を何のためらいもなくする。さらに『神々の黄昏』の幕切れで、ブリュンヒルデは彼岸でジークフリートとの愛に生きるためにその亡骸に火を放ち、その炎はギービヒ家の館はもとより、ブルジョワ的権力を象徴するヴァルハラ城や神々をも焼き払う。愛と権力の対立は、自由と秩序、エロスと政治との対立とも言い換えられるが、ワーグナーのオペラでは前者は女性によって、後者は男性によって具現されている。そしてその際、ワーグナーが男性たちの行動を皮肉な眼差しで眺め、女性たちのそれを共感を込めて描いていることは明らかである。ワーグナーにとって、支配と所有の原理に基づくブルジョワ的な結婚制度は愛を抑圧するものであり、彼のオペラの女性主人公たちは、己の愛を貫くためであれば、社会規範を侵犯し、秩序を破壊することもいとわない。ワーグナーのオペラでは、愛のユートピアは、ジークムントとジークリンデ、トリスタンとイゾルデなどの反社会的な行為の中でだけ、ほんの一瞬実現されるが、彼らの愛の帰結は死である。

19世紀を代表する芸術家ワーグナーが批判的に描く市民社会は、近代への入り口に立つモーツァルトにとっては、いまだユートピアの中にだけ存在しているようにみえる。それは、アドルノの言う「封建制の束縛に損なわれることもなく、またブルジョワ的野蛮からも守られた人間性」に満たされた世界である。そしてこのユートピアを、モーツァルトのオペラの女性たちは愛を通して実現しようとするが、その際、君主や領主など封建社会の支配者たちが最大の妨害者となる(ただし、『魔笛』でパミーナの愛を妨げるのは、家父長制が支配する市民社会の指導者ザラストロである)。彼らは愛と結婚の義務の分離を伝統とする貴族社会的規範を信奉し、権力を用いて女性たちに愛を強要しようとする。愛のユートピアを求める女性主人公たちが、ワーグナーではブルジョワ男性の支配と所有の欲望に抗うように、モーツァルトでは封建領主たちの性的欲望と戦わねばならない。スザンナに逢い引きを迫る『フィガロの結婚』のアルマヴィーヴァ伯爵、コンスタンツェに求愛する『後宮からの逃走』の太守パシャなどは、封建的権力者の代表的な存在であるが、彼らのもくろみは当然のことながら挫折する。その中でもエロスの化身とも言うべき『ドン・ジョヴァンニ』の主人公ですら、モーツァルトのオペラの中では、女性たちを強く魅惑しつつも誘惑にことごとく失敗するのは注目に値する。それはドンナ・エルヴィーラをはじめとする女性たちの妨害と抵抗のためである。すなわちこのオペラでは、ドン・ジョヴァンニは依然として自由奔放な放蕩者ではあっても、彼を取り囲む女性たちや社会の状況が大きく変化しつつあることを示している。モーツァルトのオペラの女性たちは、貴族社会から市民社会に移行しつつある時代の変化を敏感に感じ取りながら、彼女たちの愛を束縛する封建制の秩序や規範を打破し、解体しようとする。そこには、エリアスの言う「宮廷社会における市民的芸術家」、「宮廷社会に仕える市民的アウトサイダー」として生きたモーツァルト自身の新しい社会へのユートピア願望が強く投影されていると考えるべきである。

このようにみてくれば、モーツァルトとワーグナーのどちらも、己の信奉する愛や結婚に対する観念を、オペラのなかでは男性ではなく女性に投影していることが明らかとなる。女性主人公たちへの深い共感において両者のオペラは通底している。ヨーロッパにおいても女性はつねに社会のアウトサイダー的存在であったし、現在も依然としてそうなのかもしれないが、その分だけ既存の秩序に執着することなく、新しい価値観に対しても柔軟なのだろう。だがそれにしても、モーツァルトやワーグナーのオペラの女性主人公たちの何と誇り高く、たくましいことだろう。彼女たちは、貴族社会であれ、市民社会であれ、愛のユートピアの実現のために、己の愛を抑圧する男性世界の規範を打ち砕き、それを乗り越える勇気と行動力を有しているのである。

三宅新三(岡山大学大学院社会文化研究科教授) 
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