とある私立高校のドイツ語教育 (N. Ito) [J]   作成日:2018/11/06
 勤務している高校のドイツ語教育についてコラムを書きませんか、とお話をいただいた時に、高校のドイツ語教育のことを発信する機会はなかなかない!と思い、軽い気持ちで引き受けてしまったのだが、書き始めた途端に後悔することとなってしまった。私が勤務しているのは、中学生も合わせると約1860名の男子が一つのキャンパスで学ぶ、早稲田大学附属の男子校、早稲田大学高等学院である。やんちゃな盛りの男子がこれだけいれば、話題には事欠かない。ドイツ語の授業でも、予想外のことや愉快なことが頻繁に起こるが、それをここに書くわけにもいかない。悩んだ末に、ドイツ語の教育課程、生徒が学外でドイツ語に触れる機会、学内で学習成果を発表する機会の3点について、生徒の様子を少し織り交ぜながら紹介することにした。
 まず初めに、早稲田大学高等学院の第二外国語について、まとめて紹介したい。
 早稲田大学高等学院は、第二外国語を3年間必修としている極めて稀な高等学校である。第二外国語として、ドイツ語、フランス語、ロシア語、中国語の4言語が設定されており、入学前に行われる希望調査を参考にして履修言語が決定され、生徒は、指定された言語を3年間継続して学習することになる。

 2018年度のドイツ語に関する教育課程は次のようになっている。
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 50分の授業を1コマとすると、1・2年次は1コマ×週3回(3単位)、3年次は1コマ×週2回(2単位)の授業を全員が受講する。3年次に文系コースを選択した者は、前述の2単位の他に更に1コマ×週2回の授業を受けることになっている。また、3年次は選択科目が非常に多く、「大学準備講座」と呼ばれる枠組みの中で2コマ×週1回の授業が選択でき、更に「自由選択科目」でも2コマ×週1回、ドイツ人母語話者の先生からドイツ語会話の授業を受けることができるようになっている。

 高校の在籍者数は1488名(2018年度)で、そのうち約470名がドイツ語を履修している。500名近い学習者が3年間継続して勉強する(させられる?)と書くと、早稲田大学には入学時点でドイツ語力のある学生が一定数いるのか!と思われるかもしれないが、現実はなかなかに厳しい。

 着任1年目、2年目に担当クラスで行ったアンケートでは、実はクラスの1/3前後が入学前の調査でフランス語や中国語を第一希望として提出しており、ドイツ語には全く興味がない(なかった)のである。それでも、生徒の「話したい」「使いたい」という欲求を満たし、後述するPASCHのプロジェクト参加条件を踏まえてCEFR-A1に準拠した教科書を1クラス40名と教師にとっては過酷な条件下で使ってみたり、文法も学びたいという生徒のために文法書を併用したり、読めるようになりたいという生徒のため、あるいは、大学での文献講読も見据えて講読のような授業を行ってみたりとあれこれ工夫しているつもりなのだが、部活動や15科目以上ある授業用の勉強の他にも、興味のあることがたくさんあって多忙な高校生は、残念ながら、教師が期待しているように学んではくれないのである。

 ドイツ語学習に興味がない生徒がいる一方で、500人近い学習者がいれば、20名前後ではあるが、ドイツ語学習に熱心に取り組む生徒が毎年いる。今年度は3年生が下級生に呼びかけ、ドイツ語に興味のある「ドイツ語ガチ勢」を集め、放課後の時間帯を利用して定期的にドイツ語に親しむ会を実施している。他にも、高校生活の全てを部活動に費やしていた3年生が、引退を機に突然ドイツ語学習に目覚め、独検3級・2級やA1・A2の合格を目指そうとすることもある。彼らに話を聞くと、「部活がなくなってすることがない。勉強ぐらいしかすることがないから、ドイツ語でもやろうかと思った。」と言う。やる気になったのなら!と教員もあれこれと手を貸すと、どんどん吸収して力をつけていくので、嬉しく感じる一方で、部活に捧げた2年半の過ごし方がもう少し違えば…と複雑な気持ちも同時に湧いてくる。しかし、周囲の生徒にとっては、「ガチ勢」も「にわかガチ勢」も「頑張る人」であることに変わりはなく、その姿に刺激を受け、一目置き、(さりげなく)応援しているようだ。自分が打ち込めるものを見つけたら、周囲の応援も力としながらとことん取り組める雰囲気があるからか、ドイツ語学習に熱心に取り組んだ生徒の一部は、A2、B1あるいはそれ以上の試験に合格して卒業する。

 机に向かって取り組む勉強だけではなく、実際に使いたいと思っている生徒には、ドイツ外務省のイニシアチブ「PASCH」のプロジェクトへの参加を勧めている。PASCHのプロジェクトには、日独両言語の新聞作成、ドイツ企業訪問、ドイツ夏期研修参加、サッカー大会、クッキー作り、ワークショップ等、様々なタイプのものがあり、様々な興味を持つ高校生も興味を持ちやすくなっている。その他にも、ゲーテ・インスティトゥートからPASCHコーディネーターがプロジェクト授業(写真参照)を行うために来校する等、実際に学校の中でドイツ語を使う機会もあるため、学習意欲が増す生徒もいる。また、各種プロジェクトに参加するには、A1以上の試験合格が条件となることも多いため、とりあえずA1・A2に合格しようと学習する生徒もおり、多様なPASCHの取り組みが生徒のドイツ語学習への意欲を高めるきっかけとなっている。
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 PASCHの日本での活動に関する詳細は、ゲーテ・インスティトゥート東京の以下のウェブサイトを参照していただきたい。
PASCH:https://www.goethe.de/ins/jp/de/spr/eng/pas.html
プロジェクト:https://www.goethe.de/ins/jp/de/spr/eng/pas/pak.html


 早稲田大学高等学院の中には様々なことに取り組む生徒がおり、それらの生徒ために、「学芸発表会」という科学・文芸分野の成果研究発表会が毎年11月に開催されている。外国語、特にドイツ語に関して言えば、1年間ドイツ留学をして帰国した生徒は現地で体験したカルチャーショックについて、PASCHの夏期ドイツ研修に参加した生徒はその体験について、帰国生は自分の好きな内容で、ドイツ語や日本語でプレゼンテーションを行うことが多い。ドイツ語でのプレゼンテーションは生徒に向けて行うものなので、発表する生徒自身が原稿を用意し、教室の雰囲気を見ながら発表を行う。原稿については、生徒から依頼があれば添削や発音練習に協力するが、基本的には自分たちの力だけで準備し、発表を行うことになっている。

 2018年度の学芸発表会は、11月10日(土)に開催予定である。先輩の発表を、目をキラキラと輝かせて聞く1年生の姿、発表を間違えてしまった生徒を「オィオィ!」とやじりながらも励ます姿、そして、ここには書けない生徒たちの生の姿を、実際に見にいらしてみてはいかがだろうか。

(早稲田大学高等学院 伊藤直子)