第27回語学ゼミナール報告 参照数:5336 |
第 27回語学ゼミナール報告第 27回語学ゼミナールは、Passau大学のSascha Felix教授を迎えて、京都の関西セミナーハウスにて、以下の要領で開催された。テーマ: I. Einführung in die Spracherwerbsforschung – Probleme undFragestellungen – II. Erstsprachen- und Zweitsprachenerwerb – Reifung vs. Lernprozess – III. Spracherwerbsrelevante Kontraste Deutsch/Japanisch 参加者: Klaus-Börge Boeckmann(大阪外大・院), *藤縄 康弘(愛媛大学), Anne Gellert(熊本大学), 保阪 靖人(東京都立大), 伊藤 小弓(東京大・院), 伊藤 みどり(放送大), 岩本 さくら(大阪外大・院), 幸田 薫(東京大), 黒田 廉(富山大), 松尾 誠之(愛知県立大), Frank Mielke(東京外大), 室井 禎之(早稲田大), *中川 裕之(大阪外大), 中川 慎二(関西学院大), 納谷 昌宏(松阪大), *小川 暁夫(神戸大), 荻野 蔵平(東京都立大), 大薗 正彦(島根大), Rudolf Reinelt(愛媛大), *三瓶 愼一(慶応大), **重藤 実(東京大), 嶋崎 啓(久留米大), Susanna Slivensky(同志社大), 田中 雅敏(広島大・院), *田中 一嘉(群馬大), *田中 愼(千葉大), 時田 伊津子(東京外大・院), Bertlinde Voegel(大阪大), 吉村 創(慶応大・院), 湯浅 英男(神戸大)(**ゼミナール実行委員長, *実行委員, 院は大学院生)日程 8 月25日夕方 集合 夜 Felix: Einführung in die Spracherwerbsforschung – Probleme undFragestellungen – 8 月26日午前 Felix: Erstsprachen- und Zweitsprachenerwerb – Reifung vs. Lernprozess –午後 Shigeto: Sprachursprungstheorie und SpracherwerbOzono: Zur Lokativ-Subjekt-Konstruktion Fujinawa: Über den grammatischen Status des infiniten Komplements bei wollen 8月27日 午前 Felix: Spracherwerbsrelevante Kontraste Deutsch/Japanisch午後 Ogawa: Nominativsubjekt und Dativsubjekt im JapanischenTanaka: *Kai-koto papa suki: eine Akkusativmarkierung(?) im Japanischen 8月28日 午前 Zusammenfassung I午後 Zusammenfassung IIゼミナールの内容 招待講師を含めて計 8の発表があった(うち 3 が Felix 教授の講演)。今回も例年どおり、活発な議論、意見交換が行なわれた。Felix教授の第一の講演 (Einführung in die Spracherwerbsforschung – Probleme und Fragestellungen –)では、言語習得研究に関する概論的な導入が行なわれた。この際、中心的な問いとなったのは、「なぜ言語習得の研究を行なうのか?」ということである。この問題は、氏の以後2つの講演において再三再四言及され、その答えは、今回の3つの講演全体を通じて参加者に示されることとなった。 本講演ではまず、言語習得に関する理解の史的な流れを大きく押さえた後、 1960年代に起こった「認知革命」が現代言語習得研究の出発点として位置付けられた。この時期に人間の認知における脳の果たす重要性が認識され、認知は各感覚器官と脳との連携プレーによって行なわれることが確認される。言語もこの文脈において、一つの認知能力として解釈される。その際に、他の認知能力(視覚、聴覚など)と同様に、脳の働きがその中心を占めるのであるが、それをFelix教授は言語習得に関する基本的な問題設定を考察することによって示した。氏は、言語習得研究において以下の3つの問題を設定する。
1について、習得の対象である言語の性質が概観された。際立った特徴として挙げられるのは、再帰性に基づく言語の無限(あるいは不定)性である。言語はその意味である種の規則体系として想定される。 2では、子供が言語を習得する際のインプットデータの性質が吟味される。その際に明らかになるのは、インプットは明らかに習得の対象である言語の性質、すなわち無限性を満たしておらず、逆に非常に不完全な限られたものであるということである。また、言語を習得する際に子供は、「ある言語使用が正しい」ということを示すポジティブな証拠は得られるが、ある「言語使用がふさわしくない」というネガティブな証拠は与えられない。このことから、言語能力というのは外界から「習得」されるものでなく、多くの部分はすでに生得しているものということが導き出される。 3つめの問題、言語習得のメカニズムは、(完全な)言語知識と習得のために提供されるインプットデータの間の連携プレーを解明することであり、言語習得研究の中心課題を成すものである。この問題についての具体的な分析は氏の他の2つの講演の中で行なわれた。これら3つの問題設定について概観することによって、言語も一つの認知能力として、他の能力と同じように、その本質的な部分は脳の内部において構造化され、蓄積されていることが確認される。こうした背景の中、言語習得研究はその重要性を認識されるに至るのである。 初日の言語習得研究についての概論的導入に続き、 2番目の講演(Erstsprachen- und Zweitsprachenerwerb – Reifung vs. Lernprozess –)では、「どのように言語習得は行なわれるのか?」の問いのもと、第一言語および第二言語習得のプロセスの具体的な流れを扱った。Felix教授は、まず様々な第一言語の否定表現の習得過程を例に、子供が言語習得の過程で「正しい」文法をいかに習得しうるかという問題を投げかけた。その際、子供が「間違った」(modellabweichend)文法を克服し、いかに「正しい」文法に移行するかについて以下の3つの仮説が紹介された。 1) 「間違った」文法を言語習得の過程でunlearnしつつ「正しい」文法を形成するという説 (Unlearning説)2) 言語能力は、ある一定の時期にステージごとに成熟していき、「正しい」文法に至るという説 (Reifung説)3) 子供ははじめからほぼ「正しい」文法を持ち、いわゆる言語習得は非常に短期間で終わるという説(Wexler説)講演では、これらの 3つの説について、論理的、経験的に批判、検討が加えられた。続いて第二言語の習得について、言語習得理論研究の成果が紹介された。第二言語の習得の過程は、第一言語の習得の過程と、 2つの点(習得にブレーキのかかるいわゆる化石化現象があること、言語習得において非常に個人差があること)を除いて、ほぼ同様に推移する。このことが言語教育一般に対して意味することは大きい。氏によると、(少なくともヨーロッパにおける)語学の教科書はおおむねこの事実を認識せず、第二言語学習は教授者の恣意的な段階づけで操作できるものということを前提としており、それにより語学授業は学習の阻害にこそなれ、学習を促進するものとはなってないことを示唆した。このことは、参加者にとっても(語学ゼミの参加者のほとんどが多かれ少なかれドイツ語教育に携わっている)多いに刺激になり、多くの質疑、議論が交わされた。3番目の講演は、Spracherwerbsrelevante Kontraste Deutsch/Japanischというタイトルが示すとおり、言語習得理論研究を通して、日本語、ドイツ語を対照するというものである。これは、Felix教授自身が日本語に堪能なことがあり実現したものであるが、参加者にとっても身近な研究対象を別な視点から見る良い機会になった。 本講演では、言語習得、とりわけ外国語教育において重要と思われる一つの統語的現象である、いわゆるθ基準の対照が示された。動詞がその補語を決定するθ基準は、基本的に言語普遍的に見られる現象であるが、その統語的実現のレベルでは、言語によるヴァリエーションが見られる。ドイツ語では、動詞と補語の関係は統語的に規定されており、その違反は文法性の逸脱につながる。一方、日本語では、この結びつきは比較的ゆるやかなもので、統語的というよりはその動詞の使用されるコンテクストから決定される語用論的なものと言える。 このθ基準の性質における違いは、多くの他の統語現象に反映される。講演では、その統語現象として次の4つの日本語とドイツ語の対立が示された。 1) Pro-NPとしての代名詞(ドイツ語)とPro-Nomenとして代名詞(日本語) 2) 動詞の人称変化語尾の有無 3) 語彙化された動詞による人称表現の存在(「やる」「くれる」や敬語動詞) 4) 他動詞・自動詞の対立の形態的な現われの違い θ基準、ひいてはそれに基づいている統率・束縛の考え方は、GB-理論の中心をなすものであったが、このθ基準に関しての仮説は、「GB理論で挙げられた原理が必要以上に強すぎる」ということを示している。この仮説はまた、日本語を母国語とする学習者に対するドイツ語教育法を考える上でも大きな意味を持つものと言える。 最終日には例年のとおり、以上のFelix教授の講演についての討論が行なわれた。Felix教授は午前中の日本語による討論にも参加され、参加者の熱心な議論を見守った。それに引き続き午後にはドイツ語によるゼミナールのまとめが行なわれ、活発な意見交換において再度、言語研究および言語教育研究における言語習得理論の重要性についての認識を深めた。 (文責: 田中 愼) |